私の娘は、7歳の時にバイオリンを始めました。私が、昔からバイオリンに憧れていて、ふと通りがかりに「牧野バイオリン教室」の看板を見つけたのがきっかけで、お教室を見学に行きました。
牧野先生から、スズキ・メソードの事について最初に説明を受けましたが、レッスンを受けているうちに、その本質を知るようになりました。スズキ・メソードが発行する季刊誌を読んでいると、冒頭に鈴木先生の名言が書き記されています。それを読んでいるうちに、これは、単なる楽器のお稽古ではなく、子育ての根本的な姿勢を学び、そして立派な親になるための、親のためのお教室なのではないか、と気づき始めました。
「お稽古しなくて良い日は、朝から何も食べない日」というのが入会のお約束でした。要するに、ご飯が食べられない程具合が悪い時は、練習はお休みしてもよし。でも、食べられるくらい元気なら、毎日10分でもいいからやりましょう!という事でした。うちの娘は、「はい・・」と生返事をしていましたが、私は「なるほど、毎日コツコツやるという事を学ぶのには、とてもいい教えだ」と共感しました。
それから早、7年間が過ぎました。娘は、やれ正月だから、やれ誕生日だから、と言っては、練習をサボろうとしますが、私が「今、食べたよねえー?」と言うと、渋々ながらバイオリンを手にとって練習します。
スズキ・メソードと聞くと、「親が大変よー」「レッスンに、親が付き添わないといけないらしいわよ」「譜が読めなくなるそうよ」と、様々なネガティブな噂があるようです。
確かにお子さんが小さいうちは、先生の教えてくださる一言一句を聞き逃さずに、メモを取る役割はお母さんになるでしょう。でも実は、それは手のかかる子供時代を母と過ごすとても濃密で、貴重な時間でもあるのです。バイオリンという楽器を通して、親はどう我が子に関わっていけばいいのか?どうすれば、子供は立派に育ってくれるのか?という事を、母として父として自問自答する日々が続きます。
そしてある日、グループレッスンで上級生の素晴らしい演奏を聴いた我が子が、憧れの気持ちを抱き、「あの曲を弾いてみたい」という意欲が湧いた時、「ああ、この子は自分の意思で弾いてみたいと思ってくれるようになった」と感激する日が来るでしょう。
「子供は育つ。育て方一つ。」と鈴木先生が仰っています。それはまさに、全ての子育てに共通するとても奥深い言葉だと思います。つまり、我が子をどういう環境で育てれば、立派な子供に育ってくれるのか、というヒントがここにあると思います。 例えば、親が週末に遊園地に行くと約束したとしましょう。ところが、親の都合で行けなくなってしまった。「ごめんね、また今度ね」と言われたら、子どもにはショックでしょう。一度目は仕方がない。でも、2度3度と続いたら、「親の言うことなんて、当てにならない」と思うのは当然のことです。そして、親に対する信頼も薄くなっていくでしょう。
同じように、「お稽古しなくて良い日は、朝から何も食べない日」というお約束は、親の都合で、「ま、今日はいいか」と言ってしまえば、子どもは「なーんだ、そんな軽いお約束だったんだ」と思ってしまいます。
だから我が家では、正月であろうが、誕生日であろうが、食べたら練習する、まるで食べたら歯を磨くように、たとえ10分であろうと、練習しています。
それは、バイオリンが上達するという事につながるだけでなく、我が子の生活そのものにポジティブな考え方を浸透させる効果があります。例えば、学校のお勉強は毎日大変ですし、宿題もたっぷり出ます。でも、毎日コツコツやれば、前日に徹夜しなくても期日通りに宿題を提出できるのです。
また、もしも人より秀でて得意な科目が無いとしても、バイオリンだけは上手に弾けるという想いがあれば、本人の大きな自信となります。
小さいお子さん、特に幼稚園生の場合は、レッスン曲がなかなか進まず、親がイライラしたり、他のお子さんと比べたりして、ついつい競争心が湧いてしまうことで焦ることもあります。しかし、それは親のエゴであり、長い目で見れば、自分たちのペースでコツコツ継続する基礎練習が一番大事なのです。
何事にも言える事だと思いますが、人間としての人格形成の基礎、武道の基礎、人との関わり合いかたの基礎、誠実であることの基礎。すべては基礎が大切なのだ、ということを、私は、レッスンに行く度に痛感しています。
人は人、同じ時期に入った子が先の曲を弾いていたとしても、それはそれ。別にそんな事は重要ではないのです。重要なのは、親子の関係、先生との信頼関係、そして我が子の成長を温かい気持ちで見守る親としての度量なのだと思います。
牧野先生は、毎日何時間も長時間に亘って子供たちを指導していらっしゃいます。その忍耐力、体力、そして音楽を通してすべての生徒さんを立派に育てようという心には、本当に頭が下がります。
街角の看板がきっかけで入会しましたが、本当に素晴らしい巡り合わせだったと感謝しています。